489系ボンネット特急はくたか号(ボンたか)の旅

やばい。寝坊した。 僕はベッドから起き上がり、どうしようもない嫌悪感とともに時計を見た。 それもそのはず、今日は上野発土合行き、快速一村一山号に乗るはずだったのだ。本来なら今頃高崎線の車窓を見ながらうとうとしているはずなのに、まだ都内の自宅で旅に出る準備さえできていない。どうせ朝起きれないから、と徹夜をしてるうちに寝てしまったらしい。自分の過失とはいえ、一本目の列車に乗る前から早々と計画が破綻してしまった。

夕刻になる前に富山駅につかなくてはならない。青春18きっぷのみを使うとたどり着くことは困難。旅のコンセプトからするともはやズルであるが特急券を買い新幹線に乗り込んだ。越後湯沢で特急はくたかに乗り継ぐしか方法が無い。681系はスマートすぎて、国鉄型に乗るという気分の高揚感は皆無であるが直江津からは普通列車に乗り換えてもお釣りが来る余裕のダイヤだ。不本意ながらも、しぶしぶ自分を納得させ直江津までの特急券と乗車券を購入した。

新幹線は実にスムーズで、在来線と比べるともはやタイムマシンに近い。一瞬で高崎駅までたどり着いてしまった。越後湯沢はもうすぐである。すると車内にアナウンスが流れた。はくたか号が車両故障の影響で列車編成に変更が生じたらしい。一号車グリーン席の乗客と四号車指定席の乗客は、それぞれ逆の号車に移動するよう促された。 これはもしかして・・・期待が膨らんだ。胸の高鳴りをおさえるなどできぬまま、越後湯沢のホームが開いた瞬間、在来線ホームへと階段を駆け下りた。これは、もしかするかもしれない・・・ すると彼は、そこにいた。紛れもない、489系。いくら願っても運命が許さぬ限り出会うことができない、由緒正しい国鉄ボディの美しいボンネット型はくたか号、通称ボンたかだった。

狭いドアをくぐると、独特の国鉄車両特有の匂いが車内へと僕を誘う。飾り気のない質実剛健なアコモデーション。洗練とはかけ離れているかもしれないが、このわずかな可能性を待ち望んだ人間にとっては、ここがきっと日本中でもっともエキサイティングで居心地のいい空間のひとつに違いない。僕は迷わず、ラウンジカーのソファへ身を沈めた。この編成には昔からの名残で、使い道の無いラウンジカーがずっと組み込まれたままになっているのである。きっと一般の乗客は特別車両だと思ってここには乗ってこないだろう。いつもかなりの乗車率を誇るはくたかの中で、唯一ここなら489系の優雅な時間を過ごせると信じた。

ボンネットはくたか号 ラウンジカーのパノラマ写真

列車はゆっくりと、抵抗制御特有の小さな振動と共に越後湯沢の美しい緑の中を加速し始めた。案の定、この車両の乗客は、乗り慣れた高齢の男性一人と僕だ け。あとは車内販売の女性が小さなラウンジの向こうを車販準備室代わりに準備を始めているのみだ。僕はヨーロッパのインターシティについているバーでワイ ンをオーダーするが如く、カウンター越しに缶チューハイを一本買い、重厚な国鉄車両から流れる景色に酔いしれる事にした。

本来はくたか号は北越急行の線路を160km/hで走行する。しかし高度経済成長時代に造られた489系にそんな真似はできない。(きっと無理すれば出せ るだろうが。)それでも猛スピードでモーターを唸らせながら、ダイヤの遅れを最小限に留めるためにこれでもかとぶっ飛ばす。

僕は気が変わった。直江津で降りるなんてもったいない。こうなったら富山までとことん付き合おうじゃないか。きっと一生の中で489系に乗れる機会なんてもう二度と無いのだから。

489系ラウンジカー

酒を飲みながら、ずっとカメラを回していた。雰囲気、匂い、スピード感、高揚感をすべて保存して持ち帰りたかった。迷惑にならない範囲で、他の座席に座ったりもした。どうしようもなくレトロなリクライニングチェアは現代ではあり得ないほどの暖かさに満ちていた。

サロ489形はレッドカーペット

489系連結部分

気づくと列車は北越急行線を抜けていた。携帯電話の電波が入るようになったという放送が入る。ほどなく、直江津へと滑り込んだ。419系が向こう側のホームではくたかの到着を待っていた。

親 不知の近くは北陸自動車道と並行して走行する。海に飛び出した高速道路は壮観で、いつか車でも来たいと思うスポットのひとつだ。なぜ陸路に道を造らなかっ たかというと、あまりにも地形が険しく工事が難しかったからだという。だが北陸本線ができた頃、海上に道を作るような高度な土木技術などなかった。先人た ちは天険とも言われる断崖絶壁から線路を守るため、途轍もない労力を使って山々をトンネルでぶち抜いた。そうした隧道をいくつも抜けながら高速で列車は駆 け抜ける。本当に北陸本線には国鉄カラーがよく似合う。

どの車両も満員御礼、乗客のファッションをのぞけば、まさに昭和の国鉄全盛期にタイムスリップしたような光景である。僕はその時代を経験したことがないけれど、古い雑誌の乗車ルポの世界そのものが、いままさに目の前にあるような気がした。

車両基地の脇を通り過ぎる。いよいよ富山が近い。警笛を鳴らすとゆるやかに減速しながら、ホームへと滑り込んで行った。

ど うしてもこの列車を見送りたいと思った。わずかな停車時間のあと、現役時代を彷彿とさせるその勇姿は軽いフラット音を残しながら金沢方面へと消えていっ た。カメラのフォーカスが甘くなってしまったことが、唯一の心残りだが、今まで最も感動的な旅となった。Good bye! 489!

富山駅を発車する489系

 

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国鉄型HD について

国鉄型をこよなく愛する自由人。小型カメラを片手に日本全国どこへでも。

投稿日: 3月 4, 2012 | カテゴリー: 国鉄型乗り鉄記 | パーマリンク 1件のコメント.

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