廃止直前の寝台特急富士・はやぶさに乗る旅

 2009年。いつかずっと乗りたいと思っていた「富士・はやぶさ」が、今年のダイヤ改正で二度と走らなくなってしまう。もう残された時間はわずかしかなかった。まだ冬の風が街を吹き抜ける2月の東京、僕は九州に旅立つことにした。

午前中に田町で開かれたカンファレンスが終わると、会場から一目散に品川駅へ走り、滑り込んできた博多行き「のぞみ」に飛び乗った。13:37、700系は西へと走り始めた。いつも車内で寝付けない僕だが、連日の疲れのせいか珍しく寝てしまった。気がつくと、もう下関付近の工業地帯をかすめて列車は走っていた。
今まさに暗闇にとけ込もうとする工場のシルエットと夕暮れ。そんな美しい光景が目に飛び込んできた。もう数時間前までいた空間とは別世界。そんな優美な時間に酔いしれていると、700系はトンネルに入り、ほどなく夜の小倉駅に滑り込んだ。

大分駅で18:43発特急ソニックに乗り込む。車内はフローリングに革張りシート。鉄道好きじゃなくとも、列車での旅が楽しくなるようなアコモデーションだ。JR九州のドーンデザインを起用したエクステリアとインテリアへのモチベーション高さは各社が見習うべきだと思う。1時間半ほどで大分駅に到着。時計は8時を回っていた。

駅から徒歩10分ほどのダイワロイネットホテルにチェックイン。
せっかく大分に来たのだからと、名物とり天を食べる事にする。とり天とは、ほどよい大きさの鶏肉を唐揚げ・・・ではなく、天ぷらにした実にシンプルな料理である。地元の人が全国どこででも食べられると勘違いするくらい、大分県では一般的で地域に根ざした一品とのこと。サクっとした歯触りが心地よい。すっきりとしたポン酢のほか、塩でシンプルに食べるのも格別。ビールとのコンビネーションも抜群だ。ますます旅をしている実感が湧いてきた。さらに追加で「りゅうきゅう」を注文。こちらは近くの海で取れた新鮮な魚の刺身を、生姜やごま油の入った調味料に漬けておいたもの。弾力のある刺身の中までしっかりと味がしみており、絶品である。お茶漬けにするとなお美味しい。板前さんに聞いたおすすめの焼酎を飲み終わると、なかなかいい時間になっていた。美味い料理に満足し、明日への期待がますます膨らむ。出発時間を再確認し、眠りについた。

***

2月17日。

いよいよ本日は今回の旅の主役、寝台特急富士号に乗車する日である。しかも今回は富士号のファーストクラスとも言うべき、シングルデラックスのチケットを手に入れている。廃止まで1ヶ月を切り、秒読みが始まっていた2月、開放式B寝台でさえも文字通りプレミアチケット化していたが、幸運にも、ハイグレードの個室を入手する事ができた。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

発車時刻は16:43。いよいよ改札へ繰り出す。まだ富士号は到着していない。885系がホームで出発を待っていた。885系は乗ったことが無いけれど、宇宙船のような純白ボディをまとったエクステリアは個人的に大好きで、特にフロントフェイスの曲線はどの角度から見ても美しい。JRグループの中でも最もエレガントなデザインだと思う。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

そうしているうちに、遠くから重厚な音を奏でながら、ついにED76が、闇を切り裂く青い車体を引き連れてホームへとやってきた。客車ならではの、大きな金属音とともに停車し、折戸式のドアが開く。決して飾らない、昭和の雰囲気に満ちたその空間の中に入ると、国鉄型特有のあの香りがノスタルジアに誘う。個室のドアを開けると、シックなインテリアのキャビンが迎え入れてくれた。「デラックス」と言いつつも、今となっては必ずしも豪華とは言えない内装。だが、僕のような旅人にとっては最高の贅沢であることは言うまでもない。車窓を録画するため、ハイビジョンカメラを設置するとすぐに列車は大分駅を発車した。

(大分〜宇佐までの車窓。BGM代わりに視聴ください)

***

列車内の、たった一人の空間で、初めて見る風景とジョイント音を味わっていた。宇佐をすぎると、もう空は赤く染まり、世界は夜への準備をし始めた。なぜ富士・はやぶさが廃止されるのか。車両の老朽化と利用率の低迷が原因であるが、結局はライフスタイルの変化という答えにたどり着くと思う。移動も旅である。旅路が長ければ長いほど、より一層目的地への期待がふくらみ、滞在の価値が高まる。近年はこうした時間的障壁が減り、次第に移動に求められるものも異質になってきた。移動時間は目的地がどんなに遠くとも、ゼロに限りなく近い方がよしとされる時代である。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

移動時間を削減しなければならない理由は何か。それは旅行者の時間の価値が、移動中に過ごす1分よりも、目的地で過ごすそれのほうが勝っているからに他ならない。だけど、本当に贅沢な旅とは、移動時間を現地の滞在時間と同じ価値にできるようなものだと思う。人々が時間をかける旅の価値に気付けなくなってしまったのか、仮にしたくともライフスタイルの変化がそうすることを不可能にしてしまったのか。そう考えると富士が廃止になるということは、仕方の無いことではあるけれど、移動の贅沢を提供してくれる数少ない選択肢が今後さらに少なくなってしまう。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

***

18日未明、突然列車がいつもより強いブレーキをかけ、闇の中で停車した。いつしか眠っていたらしい。その衝撃で目を覚まし、何が起こったのかと窓を見渡しても何も確認することができない。しばらく列車が動くことはなかった。再び動き出したのは、それから30分以上たったあとであった。すっかり目が覚めてしまった僕はベッドから起き上がり真夜中に車内の探索をすることにした。寝台で寝ている乗客を起こさないようにさえすれば、歩き回る人も少ないこの時間帯は格好のゴールデンタイムである。そうこうしているうちに、列車は汽笛を鳴らすとゆっくりと動き始めた。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

流れる夜景を見ようと、最後尾にある車掌室へ行くと、無線がひっきりなしに聞こえてくる。交信が一段落したところで、気さくな車掌が「昨日は寝たの?」と話しかけてきた。なんでも先行する貨物列車が2頭の鹿を立て続けに撥ね、1時間30分の大幅な遅延となっているようだ。そんなこともあるのかと驚いていたが、こうしたアクシデントはそれほど珍しいというわけでもなく、最悪の時には同じ機関車が2度の人身事故に遭遇することもあるという。
誰か人がきたら窓を譲り、部屋に帰ろうと思っていたのだが、一向に最後尾を訪れる人はいない。さすがに深夜から明け方ともあれば、車内をウロウロするような人は皆無である。結局あたりが明るくなるまで流れゆく風景を独り占めしていたと思う。赤、青、黄色、様々な色が現れては、遥か彼方へ消えてゆく。その幻想的な景色は、まるで富士号がその終焉に少しずつ近づいていることを暗示するようであった。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

車掌は下関地域鉄道部の所属で、同日の下り「富士・はやぶさ号」に乗ってとんぼ返りになるという。長距離を連続して一人で乗務するため、負担は大きい。過去には東京到着が17時になったという事例も経験したという。遅延という当然想定されるアクシデントでも、クルーにはこれほどの影響を与えてしまう。九州、西日本、東海、東日本と、何社ものJR路線を経て向かう寝台特急は、現代においてもはや足かせなのかもしれない。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

6:30頃、名古屋駅到着。出発と同時に東京へ急ぐ客に振替輸送の手続きが始まる。
さすがに夜の風景を楽しみすぎてしまったので、個室に戻ってまた休むことにした。

再び起きると、世界は完全に明るくなっていた。空は晴天。列車は海沿いの東海道本線を走っていた。車内販売が始まる。記念弁当が販売されたが、旺盛な売れ行きでシングルデラックスのある2号車に販売員が来る前にすべて売り切れてしまった。このあと東京まで、空腹を我慢する事になる。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

ふと山側の窓に目を向けると、富士山があった。乗客が皆通路に繰り出し、眺めたり、写真に納めたりしている。この列車は日本の景色をさらに格別にする力を持っている。だがそんな富士号から、富士山を見ることも、できなくなってしまうのだ・・・。ついに東京駅へ列車は到着した。約19時間の長旅がついに終わった。JRの方々にとっては辛い一日だったろうが、予想よりも長く富士に乗っていることのできたこの旅行は、僕にとってとても価値のあるものだった。たくさんの人とともに、回送をホームで見送った。この約1ヶ月後、寝台特急富士・はやぶさはダイヤ改正で廃止された。人々の思いを長きにわたって運び続けた九州行き最後のブルトレが、ついに消滅した。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

栄光のブルートレイン 寝台特急 富士はやぶさ (アサヒDVDブック)

広告

国鉄型HD について

国鉄型をこよなく愛する自由人。小型カメラを片手に日本全国どこへでも。

投稿日: 1月 30, 2013 | カテゴリー: 国鉄型乗り鉄記 | パーマリンク コメントする.

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。